FSM提案で考える、生産性向上の本質とは ─ 「個人効率」ではなく「組織スループット」で捉える視点
「生産性向上」
この言葉ほど、日本企業で頻繁に使われる一方、本質的な意味で誤用されているものはありません。
つまり、多くの場合、生産性=効率化=個々人の作業スピード向上、として語られることが多いのではないでしょうか?
しかし、効率化の総和が必ずしも全体の成果を高めるわけではありません。
むしろ、部分最適の積み上げが、全体最適を損なう構造を生んでしまう可能性が高いのです。
現場の“非生産的作業”に潜む構造的な無駄
2010年にAberdeenが発表した調査レポート”Mobility In Service”によれば、現場の作業者は1日の作業時間の約56%を“情報探索・問合せ・回答待ち”などの非生産的な作業(待機)に費やしているとあります。
15年以上前の数字ですが、今日でも実感値として大きくは変わっていないのではないでしょうか。
もちろん、現場作業者がサボっているわけではありません。
手持ちの情報が古い、汎用的(シリアル番号ベースではないジェネリック)、あるいは不足していて、症状の理解の前に、作業対象製品・装置の構造の理解に
手当たり次第部品を持ってきたが、どの部品も有効でない。時間をかけて調べた結果、正しい部品は欠品中
診断手順に従うもなかなか真因にたどり着けない
問合せても、回答がなかなか返ってこない
こうした理由で問題解決が進捗せず、”とりあえず試した→解決できない→問合せ→確認待ち”のループに陥いり、見かけ上”待機している”ように見えてしまうのです。
この「待ち時間が多い=生産性が低い」をどう捉えるか。 アプローチは2つに分かれます。
1️⃣ 個人起点:作業者の訓練を強化し、待たずに動ける個人スキルを上げよう。
2️⃣ プロセス起点:なぜ待たなければならなかったのかを分析し、情報・承認・部品準備の流れを整える。
前者は部分最適、後者は全体最適。
十把一絡げに断じるつもりはありませんが、前者に傾きやすいのが“伝統的な日本の改善文化”ではないでしょうか。
日本と海外で異なる「生産性」の定義
日本では、「個人効率の総和」が生産性向上だ、との考えが支配的です。 一人ひとりが早く、決められた手順に沿って正確に動くこと。それが“努力”として評価される。
しかしこの発想では、組織全体としての流れ(フロー)を見落としてしまいがちです。 現場の、とある一つの作業の処理時間を高速化しても、次の工程で詰まってしまえば、成果には結び鼻つきません。
一方、グローバルにおける生産性議論の中心は「スループット(Throughput)」─ つまり、一定期間内にプロセスから生み出される価値の量です。
スループットとは、全体プロセス完了までの「時短」ではなく、「成果の流量」。
これをフィールドサービス業務に置き換えれば、現場への作業指示を割当てる速さではなく、完了作業件数、初回修理完了率(FTFR)あるいは請求完了件数など、顧客に届いたアウトプット=価値が、スループットを表す指標になります。
改善の出発点は「誰が遅いか」ではなく「どこで価値の流れが止まっているか」。
すなわち、制約(ボトルネック)を見つけ、緩和し、再評価する。 このサイクルを回すことこそが、スループット思考の本質です。
指標の違い──“効率のKPI”と“成果のKPI”
日本企業のKPI設計は、ややもすると細かすぎてしまうことがあります。
営業は売上、サービスは工数削減、倉庫は在庫回転率。 それぞれを同時に”最適化”しても、組織全体は“逆方向に引っ張り合って”しまう。
海外では、KPIを「プロセス全体の最終アウトプット」に統一します。
部門ごとの整合性より、流れ全体としての同期性を重視する。
つまり、“同じ方向に進む”ことが最大の効率化なのです。
“最適化”を履き違えやすい日本の構造
日本企業の多くは、「改善」=「ボトルネック作業/工程のスピードアップ」と捉えます。
しかし、TOC(制約理論)の視点で言えば、それは改善の一要素に過ぎません。 本当の最適化とは、ボトルネック前のタスクや情報の“つながり”や“ばらつき”を整流化し、詰まらないようにすること。
この「流れの設計」こそが、生産性改善の核心です。
たとえば:
作業員間のスキル差を埋めるより、作業内容に応じた差配を行い、スキルのばらつきを吸収する方が効果が高い。
現着後のAIによる支援より、機器カルテにより個体情報と修理履歴を管理し、訪問前に真因絞り込みをしたほうがFTFRが向上する。
「人を速くする」より、「流れを滑らかにする」。 ここに日本型の”カイゼン”が抜け落としてきた本質があるのではないでしょうか。 現場で起きている多くの“ムダ”は、多くの場合、流れの設計に原因があります。
標準化の正体 ─ 人を縛る規則ではなく、流れを速くする設計
日本の現場で「標準化」と聞くと、まず浮かぶのは“手順の細文化”です。 誰がやっても同じ結果になるように──それ自体は悪くありません。
ただし、標準化の目的が「作業を揃えること」になった瞬間に、流れは止まるのです。
TOCの視点で見れば、標準化とはスループットを安定化させるための「結節点の設計」です。
作業そのものではなく、渡し方・決め方・記録の仕方を揃える。
作業依頼や引継ぎの入力条件(インターフェース)
差配・在庫引当・エスカレーションの優先順位(判断ルール)
機器カルテや症状コードなどの標準語彙(データ定義)
例外時の即時ルート(例外経路)
ボトルネック前後のWIP・時間バッファ(バッファ管理)
これらが整えば、“人の動き”を縛らずに“流れ”が滑らかになる。 それが真の標準化です。
標準化とは、ボトルネック前後の「渡し方」や「決め方」を設計すること。
“現場努力”だけでは限界を超えられない理由
現場は、すでに限界まで努力しています。
それでも成果が上がらないのは、「努力の方向」が構造的に間違っているから。
無限の努力を求めるのではなく、一定の努力で成果が出る仕組みを設計する。
それが“現場支援”の真の意味です。 人を変えるよりも、流れを変える。
その設計を誤れば、どれだけ頑張っても結果は変わらないのです。
提案者が語るべき視点 ─ 構造で語る力
提案者(SEやプリセールス)が語るべきは、特定作業や一部行程の「工数削減」ではなく、全体プロセスのスループット(価値の流量)をどう引き上げるかです。 そのうえで、結果的に工数削減も実現できる──この順序が重要です。
よくあるのは、「特定作業の工数が50%削減できます。それを前提としたROIはこれです」という提案。
しかし、現場人員を減らさない限り、実際にはコストは下がりません。 余剰工数をどこに振り向けるかを顧客任せにしてしまう─この時点で、提案は“実効性のない理想論”とみなされます。
提案書では、特定作業の効率化ではなく、制約(ボトルネック)緩和によるスループット改善を前面に出します。
また、改善後も、ボトルネックは必ず移動します。たとえば差配を自動化すれば次は部品引当が詰まり、引当を整えると今度は承認が滞留する。 だからこそ、次に発生し得るボトルネックを指し示し、段階的に制約を移す“進化設計”として提案を描く。
この段階的アプローチは提案を受ける側にも、提案する側にも大きなメリットがあります。
デモを見せる場合も、特定ポイントでの華やかな自動化ではなく、詰まりの前後がどう滑らかにつながるか、すなわちプロセス全体が止まらず流れることで得られる価値を示す。
その瞬間、提案は“機能説明”から“業務構造の再設計”へと進化します。
そして、それを語れる提案者こそが、DX時代の“設計者”なのです。
まとめ ─ 生産性とは「詰まりを動かす設計」である
日本におけるフィールドサービス業務の生産性議論は「努力の総和」で止まっています。
しかし、真の生産性向上とは、詰まりを動かす構造を設計することです。
フィールドサービス/アフターサービスDXはツール導入ではなく、「制約に着目した業務構造の再設計」です。
生産性とは、個々人を速く動かすことではなく、価値の流れを止めないこと。
提案者がこの構造を語れるようになったとき、 ようやく「DX=現場改革」の本当の意味が見えてくるのです。
👉次回は、”機器毎のカルテ管理の重要性とは? ─ As-Maintained BOMの真価”と題して、今回論じた”詰まり”を打破するための重要な一つの要素についてお話しします。
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