Vol.11:機器毎のカルテ管理の重要性とは? ─ As-Maintained BOMの真価

フィールドサービス/アフターサービスのデジタル化が進むなかで、多く聞かれる悩みの一つが「現場で情報が更新されない」というものです。

作業予定や実績は記録できても、機器そのものの構成や状態が変わったときに、それを反映できていない─この断絶が、DXの持続性を阻んでいます。

人間の健康維持と同じで、”カルテ”が必要なのです。

1️⃣ 機器情報とは何か ─ 装置の”カルテ”という視点

そもそも「機器情報」とは何でしょうか。

製番や型式の一覧ではなく、現物ごとの構成・状態・履歴を一体で捉えた情報のことです。

医療の世界に例えるなら、設計図が「人体の骨格」であり、機器情報は診察履歴である「カルテ」に相当します。

どれほど精緻な設計図があっても、診察のたびに、その結果がカルテに更新されなければ、それ以降正しい治療はできません。

機器情報も同じです。

FSMが扱うべきは、製造当時の“理想図”ではなく、現場が今まさに動かしている“生きた構成”なのです。


2️⃣ As-xx BOMの体系 ─ 設計から保守までの5段階

BOM(部品表)と一口に言っても、その定義には段階があります。

一般的には以下の五つの状態BOMが存在します。

  1. As-Designed:設計段階の機能構成

  2. As-Built:工場で実際に組み上げられた構成

  3. As-Shipped:メーカーから出荷された時点の構成

  4. As-Delivered:販売会社やディーラー経由で顧客に引き渡された構成

  5. As-Maintained:運用・保守を経て現場で稼働している最新構成

多くの場合、As-Shipped/ As-Deliveredの段階で情報更新が止まり、その後の構成変化が反映されていません。

ERPやPLMとFSMを自動連携させれば解決する、と誤解されがちですが、両者の構成粒度や階層構造はそもそも異なるため、自動変換は現実的には大変困難です。

FSMの目的はPLM内の機器構成の写しを作ることではなく、現場の現実を正確に把握することにあります。

As-Maintained BOMは、他システムと“融合”させるのではなく、“相互参照できる構造”として設計されなければいけません。


【補足】S-BOM(サービスBOM)とAs-Maintained BOMは同じではない

日本では「As-Maintained BOM」という言葉はあまり使われず、一般には「サービスBOM(Service BOM/S-BOM)」という呼称が広く知られています。

”どっちも同じでしょ?”という意見が日本ではまだまだ支配的ですが、両者は似ているようでいて、目的も構成粒度も異なります。

観点 サービスBOM(S-BOM) As-Maintained BOM
主体 サービス設計・マニュアル部門 サービス実行・現場部門
目的 保守作業の標準構成を定義する 実際に稼働している現物構成を追跡する
構成粒度 製品モデル単位(理想構成) 個体/号機単位(実装構成)
更新タイミング 設計変更・製品リリース時 保守・修理・改造のたびに更新
情報ソース PLM/ERPなど設計・製造系 FSM/現場システムなど実績系

つまり、S-BOMは「理想的な保守対象構成」As-Maintained BOMは「実際に運用されている構成」を表します。

両者の差分こそが、サービス品質と現場効率を左右する「ギャップ」であり、DXの改善対象そのものです。

As-Maintained BOMは、S-BOMを置き換えるものではなく、理想と現実をつなぐ架け橋として機能するものなのです。

筆者コメント:

おそらく、日本でS-BOMという言葉が一般的なのは、日本では”統合BOM / BOM連携議論”が本社サイド(設計、製造、IT)中心に盛んに行われてきた歴史があり、BOMは本社(メーカー)のもの、という意識が強すぎるせいかもしれないと、常々思っています(それ自体を否定するわけではありません、念のため)。

しかし、機器や装置が市場に出てしまった以降は、本社の管理が及ぶ範囲ではなくなってしまいます。現場目線の構成管理、という考え方がもっと広まり理解される時代はくるのでしょうか。

そうでないと、アフターサービス・フィールドサービスDXは本質的な改革には遠く及ばないと思います。


3️⃣ 現場の実情:カルテの“未更新”

ほとんどの現場には設備台帳や号機管理表が存在します。問題は、それが出荷時点のまま更新されていないこと。

作業報告書には「どの部品をどれに交換したか」と記載されていても、BOM情報としては反映されず、”情物不一致” ─ つまり「情報(デジタルな構成情報)と現物(実機の実構成)の乖離」が常態化しています。

このズレは、誤手配や誤作業、再訪率の上昇など、サービス品質を直接的に損ねます。

設計BOMなどの上流BOMを現場で参照することは、運用の観点からも非現実的で、“号機管理はしているのに現物と一致していない”ことが最大の問題です。

カルテが存在しないのではなく、更新されないまま時間が経過している。

ここにこそ、サービスDXのボトルネックがあります。


4️⃣ As-Maintained BOMがもたらす構造変革

作業後の構成変更を即時反映できれば、保守情報は単なる履歴ではなく、アセットライフサイクルを循環させる、つまり”クローズドループ(設計・製造・保守の情報が再び設計へ戻る構造)”を現実にするデータになります。

設計・製造とサービスが分断されていた構造から、現場での利用実態を元に再設計される循環構造へ──。

正確なカルテを持つことにより、

  • 適正な部品特定と在庫最適化

  • トレーサビリティと保証対応の強化

  • 故障傾向の早期検知と設計改善へのフィードバック

など、複数の経営指標に波及します。

「1機器=1カルテ」の思想が、再現性あるサービスと信頼性ある運用を支えるのです。


5️⃣ 導入の壁と突破口 ─ As-Maintained BOMを“整える”前に“定義する”

〜定義なくして整備なし。FSMは「何を管理するか」を明確にするところから始まる

いくつかの企業が「ウチにはサービスBOMがない」とおっしゃっていることを聞いたことがありますが、実際にはAs-Maintained BOM ─つまり現場で維持すべき構成情報─ の定義が曖昧なだけだと考えます。

まず決めるべきは、「どの階層までを保守対象とするか」「どの単位で構成を更新するか」。

この定義なくして、いくらツールを導入しても情報は乱立します。

現場での構成管理機能導入時には、As-Maintained BOMを”マスタデータ”としてではなく、サービス提供の最小単位=業務の構成要素として設計する視点が必要です。

(筆者コメント:サービス提供の最小単位は、パーツカタログの目次単位が実務面では適切なアプローチだと思います)

ERPやPLMとの完全連携を目的とせず、FSM側で“現実の構成を正しく保つ”ことから始めるのが最短距離です。


6️⃣ 結論:カルテを更新する文化が、サービスを強くする

As-Maintained BOMはシステム機能ではなく、サービス組織の成熟度を映す鏡です。

保守のたびに構成を更新し続けることが、デジタルツインやAI分析の前提条件になります。

FSMの最終形は、作業指示を出すシステムではなく、機器や装置の”健康”を記録し続けるカルテです。


👉次回予告:現場データを“設計資産”に変える ─ 現場情報のフィードバック構造(Closed-loop)

次回(Vol.12)では、この「カルテを動かす」段階──As-Maintained BOMに情報を統合し、現場から設計へ情報を循環させる構造を詳しく掘り下げます。


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