現場の暗黙知はどう継承できるのか?
お世話になっております。 YMGアドバイザリーの山口です。
前回は、属人化のなかでも特に「診断・問診の属人性」について取り上げました。
今回はさらに一歩踏み込み、属人化の本質でもある暗黙知の継承についてお話しします。
なぜ暗黙知が課題になるのか?
属人化の背景には、「教えられない知識」の存在があります。
それは、
技術者本人すら明確に言語化できていない判断基準や勘所
のことです。
たとえば、
「音の違いから異常原因を察知する」
「顧客の状況説明から“真因”を推察する」
といったスキルは、研修やマニュアルでは教えにくく、
OJTと自身の経験の積み重ねに頼るしかないのが実情です。
しかし、ベテランの大量退職が進むなかで、この
「言語化されないまま消えていく知識」の扱いが、
大きな経営課題になっているのは、
読者の皆さんもご承知の通りです。
暗黙知の構造と3つの壁
私のこれまでの経験を踏まえると、暗黙知が継承困難になる要因には
以下の3つの壁があると考えています。
知覚できるが、言語化できない壁
例:「なんとなく違和感がある」という直感受け手の文脈が異なると伝わらない壁
例:新人など経験が浅い技術者は「○○のあたりが怪しい」と言われてもピンとこない習得に時間がかかり、OJT頼みになりやすい壁
例:10年経験して初めて理解(=言語化)できる判断基準
このような“壁”により、属人化が更に進んでしまうのです。
継承できる暗黙知と、できない暗黙知
残念ながら、すべての暗黙知が継承できるわけではありません。
ただし、パターン認識に基づく経験則は比較的継承しやすい領域です。
例えば:
「○○の音が出たときは、□□の劣化が多い」
「この症状とあの履歴が揃っているときは、△△を疑え」
といった帰納型の知識は、
“なぜそう考えるか”という判断の背景や観察ポイントを
明文化することで、再現可能になります。
大事なのは、闇雲に全てを「形式知化」しようとすることではなく、
“再利用できる形に再構成”することだと考えています。
2010年前後で、暗黙知の形式知化が声高に叫ばれ、
全文検索エンジンやFAQシステムなどの導入が当時盛んになりましたが、
その後廃れてしまったのには、 この考えと、それを支えるテクノロジーが
不十分だったからです。
暗黙知継承の実務5ステップ
実務の観点からは、以下のようなアプローチが効果的です。
ベテランの「判断の流れ」や「気づきのトリガー」を観察・対話で抽出
ナレッジ化ではなく「問い」化する(=「どんなとき、何をどう見て、どう判断するか?」)
文章化や動画よりも「対話の構造化」重視(例:後輩に毎回同じ“確認プロセス”を問う)
若手が使いながら学び、AIが並走する設計(Aquant社のアプローチ)
継承のKPIを設ける(例:判断スピード、育成期間、初回対応成功率)
このように、”継承可能な暗黙知を再構成し、運用可能にする仕組み”が重要です。
継承と進化は両立できる
暗黙知の継承は、ともすると職人的・超属人的だと捉えられがちで、
DXと対極にあり手が付けられない、という意見もあるようです。
確かに、一度取組んだが期待した成果が出なかった、だからもう
手のつけようが無い、と悲観的になるお気持ちは察するところはあります。
しかし、上述した通り、 “再利用できる形に再構成”することで、
今日のテクロノジーを活用し、壁を乗り越える機会が再び巡ってきた、
と捉えてはいかがでしょうか。
「人間中心の判断を、支援・強化するDX」こそが暗黙知継承の本質 だと
私は考えています。
すべてをAIやITツールに任せるのではなく、
人の経験を構造化し、AIやITが再利用・補完できる形で支える
──その循環が進化の出発点になるのではないでしょうか。
次回は、「ナレッジを組織で活かすには」についてお話しします。
ご質問などありましたら、お気軽にymg-info@ymg-advisory.com宛ご連絡ください。
引き続きよろしくお願いいたします。