#18:2026年に向けた現場DXの布石 ー 次の論点と備え
お世話になっております。 YMGアドバイザリーの山口です。
早いもので、本ニュースレターシリーズ年内最後の投稿となります。
第18回目となる今回は、読者の皆様の来年の活動に参考になればと、これまで(特に9月以降の投稿)の総括的な位置付けでお届けしたいと思います。
イントロ ─ DXは「競争優位性の源泉」へ向かう
ニュースレター Part 2(#12~#17までの方針立案編)では、日本企業が長年抱えてきたアフターサービス・フィールドサービスの構造的課題を、「文化の壁」「人の限界」「構造の欠如」という三つの観点から、現場DXの本質的なボトルネックについて扱ってきました。
前回#17では「失敗を許さない文化という壁」、海外事例ピックアップ #5 では「バーンアウトという構造的警鐘」、そして別枠で執筆しているInsights Reportでは「Closed-loop」「翻訳プロトコル」といった構造論を提示しながら、現場DXのあるべき姿を描いてきました。
これらの議論を踏まえると、2026年以降のDXは、単なる効率化や応急処置ではなく、“競争優位性の源泉となる構造づくり”へと明確にシフトするとみています。
では、読者の皆さまは、2026年を見据えて今、どの布石を打つべきなのか。
年内最後となる今回は、Part 2方針立案編の総括として、「次の論点」と「今から備えるべき布石」を整理し、特にエグゼクティブの皆さま向けとして、戦略的視座をご提示いたします。
論点①:2026年に“次の論点”となる二大戦略テーマ
2026年、日本企業が直面する現場DXの核心は、この2つに絞られてくると考えます。
論点A:現場データの「設計資産化」の義務化
これまで多くの企業は、「現場データの蓄積」に取り組んできました。
しかし2026年は、その次の段階─“現場データを設計資産として扱う段階”へ移行しますし、そうならなければいけません。
ここで鍵となるのが、YMGが繰り返し強調してきた Closed-loop構造 と 翻訳プロトコルの設計 です。
現場で発生した不具合
顧客の声
作業時の判断基準
暗黙知の判断ロジック
これらを、単なる「データ」ではなく、設計に再投入される“資産”として扱うこと。 これができない限り、現場DXは永遠に「改善」ではなく「応急処置」のままです。
2026年は、現場の知見をプロダクト設計へ循環させる仕組みの有無が、企業の競争力を左右します。
論点B:現場作業の「非計画性」の戦略的吸収
#17の議論でも触れたように、日本の現場には“失敗が許されない文化”が根強く残っています。
その結果、非計画作業(突発対応)を「異常値」とみなし、組織としてその存在を認めたがらない傾向があります。
この現状維持バイアスが、結果として現場に過剰な負担を集中させる構造を生み出すことがあります。
しかし現実には、フィールドサービスにおける計画作業の割合は意外に低く、業態によっては30〜60%程度に留まり、突発対応が過半を占めることは決して珍しくありません。
この“避けられない非計画性”をどう吸収するかは、2026年の最重要テーマの1つになると考えます。
ここで求められるのは、
業務プロセスの再設計
システムによる“緩衝構造(Buffer)”の組み込み
現場判断の標準化ロジックの整備
つまり、非計画性ー予定通りにはいかない、を前提として最適化する“戦略的吸収構造”を作ることです。
現場DXは、“乱れを排除する”から“乱れを吸収するデザイン”へ進化しなければなりません。
論点②:企業が「今」備えるべき三つの布石
2026年の論点が見えた以上、今のうちに打つべき布石は明確に三つあります。
布石1:『翻訳担当者』の任命とフレームワーク導入
LinkedInで短期連載していた「なぜ、FSMは難しいのか Vol.7(最終回)」でも述べたように、現場DXのボトルネックは、 「現場の知識を言語化&翻訳できる人材の不在」 に集約されます。
ここでいう “翻訳” とは、単なる言語化ではありません。
現場とIT/業務設計そして経営との間で、思考様式・判断基準を“プロトコルとして変換する行為” を指します。
現場の判断ロジックは、現場独自の文脈に基づいており、そのままでは設計・工程・システムの世界には伝わりません。
この断絶こそが、現場DXの推進を最も困難にしています。
翻訳担当者とは、現場で起きている事象を、
課題の構造
判断ロジック
暗黙知の因果関係
へと構造化し、それを上流(設計・品質・業務設計)へ返す “循環回路” をつくることです。
2026年に設計資産化を加速する以上、できる限り早く翻訳担当者を任命し、YMG型フレームワーク(因果構造化・意思決定モデリング)を導入することが不可欠です。
布石2:KPIの「学習循環」への接続
これまでのKPIは、 「現場のがんばり」を評価する指標 に偏っていました。
しかし2026年に求められるKPIは、
データフィードバック率
現場から設計への循環速度
プロセス改善の反映率
といった、“学習が回っているかどうか”を測る指標へ移行するべきです。
KPIが学習循環に接続されない限り、DXは単なる“効率化プロジェクト”で終わってしまいます。
布石3:単年予算の壁を突破する「最小の成功スコープ」の設計
Part 2全体で議論してきた通り、日本企業のDXは、”Big Picture”の名の下、「大きすぎる構想」に着手しがちです。
一方、日本企業におけるDX推進における大きな制約の一つが 単年度予算(およびアサイン可能な人員数 )です。
この制約を前提とすると、2026年に向けて最も確実な戦略は、 年度内に完結し、その成果が次年度の投資を正当化するための「Small Win = 最小の成功スコープ」を設計することです。
Small Winとは、規模を単に小さくすることではなく、
投資対効果の算定が容易で
既存の組織能力の範囲で無理なく実行でき
3〜6ヶ月以内に“経営が意思決定できる材料”が得られる
という、“制約適合型のスコープ” の意味を持っています。
したがって企業が今行うべきは、「小さな成果を積み上げていくこと」ではなく、 “限りある予算と配置可能人員を前提に、成果の出るスコープを再設計すること” です。
そのために必要なのは、以下の3要素です。
境界線の明確化 “解くべき問い”を1つに絞り込む。
技術の過剰適用の排除 既存システム・データで実行可能かを最優先で判断する。
意思決定材料の早期提示 着手後半年程度で経営判断に資する定量・定性データを返すことをKPI化する。
Small Winとは、“小さなプロジェクト”ではなく、制約条件下で最大のReturnを生むための「経営的スコープ設計」なのです。
結論 ─ Part 2完結と、実行フェーズへのアジェンダ設定
Part 2では、「方針」を徹底的に議論してきました。 しかしDXは、“方針を描いただけでは動かない”という厳しい現実があります。 DXの成否を分けるのは、どれだけ早く、どれだけ正確に“備え”を打てるかです。
そして、これまで述べてきた
設計資産化
非計画性の吸収
翻訳担当者の整備
KPIの学習循環化
Small Winの設計
これらの布石を、どのように構造化し、どの順序で動かすか ─ その全体像と実行フレームワークをまとめたのが、別途連載しているInsights Report Vol.16『過去記事から導くYMGの提言』(12月9日配信予定)です。
2026年に向けた実行フェーズへ進むために、ぜひInsights Report Vol.16もご覧ください。
Part 2の議論は、年明け次回からはPart3 実行編へと転じていきます。
2025年8月に開始した本ニュースレターも、今回で年内最終号となりました。
毎週お読みいただきました皆様には、心より御礼申し上げます。
現場DXに“ひとつの正解”はありません。
しかし、直面している課題を構造的に捉え直すことで、必ず突破口は見えてくる —
その信念のもと、Part 2では「文化」「人」「構造」という三つの観点からDXの本質に迫ってまいりました。
読者の皆様の現場における気づきや、問題解決のヒントになっていれば幸いです。
そして、現場の数だけDXの形がある以上、2026年に向けて必要なのは、
“自社にとっての勝ち筋を、構造的に描き、実装すること”
にほかなりません。
Part 3では、いよいよ「実行フェーズ」をテーマに、より具体的なフレームワークや実装アプローチをお届けしてまいります。
取り上げてほしいテーマ、ご質問、ご相談などございましたら、お気軽に ymg-info@ymg-advisory.com までご連絡ください。
2026年も、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。