#17:日本企業におけるDXの壁 ─ 失敗を許さない文化をどう超えるか
お世話になっております。 YMGアドバイザリーの山口です。
前回は、海外事例の紹介を通じて、失敗を許容し、そこから学ぶ文化こそが、真の進化を支える基盤であり、それが戦略的レジリエンスである、とお伝えしました。
今回は、その対極にある、日本に根付く “失敗を許さない文化”を、フィールドサービスDXの観点からお伝えしたいと思います。
改革を止める”静かなブレーキ”
フィールドサービスDXの議論が進まない最大の理由は、「技術の問題」でも「予算の問題」でもありません。
それは、日本の組織に根付いた “失敗を許さない文化” にあると考えています。
この文化は一見、品質への誇りや堅実な経営姿勢の表れに見えます。
しかし、現場改革・DX・ナレッジ活用などの実行フェーズに入ると、必ずと言ってよいほどこの文化が壁として立ちはだかります。
日本企業では長らく、「アフターサービスは製品の付属物」「不具合はあってはならないもの」という思想が支配的でした。
結果として、「失敗をどう回避するか」「失敗しないためにはどうするか」には熱心でも、「失敗からどう学ぶか」という発想がいささか欠落しているように思えてなりません。
これが、改革を止める静かなブレーキになっているのではないでしょうか。
失敗を「学習資産」に変える海外の構造と提言
海外の産業企業は、まったく異なる哲学で動いています。
欧州の重電・機械・航空業界では、
「機械は壊れる前提」
「問題はどれだけ早く原因を特定し、再発を防ぐか」
という思想が一般的です。
そこでは、失敗を「責任」ではなく「情報」と捉えています。
たとえば、ドイツのプラントメーカーは現場で発生した不具合情報をリアルタイムで設計部門にフィードバックし、翌週には設計改修や部品改良の判断を下します。
米国の航空エンジンメーカーでは、整備現場での異常事例をAIが自動学習し、翌フライトには新しい予測モデルが反映されます。
この「閉じたループ(Closed-loop)」こそが、レジリエンスを生み、競争力を支える構造です。
ここで重要なのは、失敗をなくすのではなく、「学習の速度を上げること」に投資している点です。
欧州企業では「Failure Cost」ではなく「Learning Cost」として、改善活動やデータ収集に明確な予算を割り当てている例が散見されます。
つまり、“失敗しないこと”ではなく、“失敗をどれだけ早く次の成功に転換できるか”が成果として評価される。
この発想の転換こそ、日本企業に今最も欠けている視点ではないでしょうか。
文化を動かすための「実行可能な戦略思考」
では、どうすればこの文化を変えられるのか。
結論から言えば、「文化を変えるのは構造である」という前提に立つ必要があります。
気合やスローガンではなく、仕組みで“失敗を許容する状態”を作ることが重要です。
方策1:Small Win(小さな成功)の設計
最初から全社改革を狙うのではなく、トップが直接関心を持つテーマを一つ選び、
「短期で成果が見える改善プロジェクト」として設計します。
例えば
「再訪問率10%削減」
「フィールド技術者の一次完了率向上」
など、数字で明確に成果を測れるテーマが有効です。
目的は成功体験の共有です。
「やれば変わる」
「失敗しても軌道修正できる」
という安心感を組織に広げること。
この“安全な実験場”をつくることで、現場が自発的に挑戦できる土壌が生まれます。
方策2:KPIの再定義
日本企業のKPIは依然として「ミスを減らす」「クレームをゼロにする」といった“失敗回避型”が多い。
これを
「どれだけ速く改善したか」
「どれだけ多くの示唆を発見したか」
に置き換えるだけで、行動が変わります。
たとえば、欧州メーカーでは次のようなKPIが一般的です。
Learning Velocity(学習速度):問題発生から対策完了までの日数
Knowledge Reuse Rate(知識再利用率):過去事例を再活用したトラブル解決の比率
Feedback Loop Efficiency(フィードバック効率):現場から設計まで情報が伝達されるまでのリードタイム
これらは一見抽象的に見えますが、実際にはデータ連携とナレッジ構造を整えることで定量化できます。
そしてこの再定義こそが、経営層にとっての説得材料になります。
「これは文化改革ではなく、経営の生産性改革である」と伝えることができるからです。
結論──文化を変えるのは“仕組み”である
日本企業の現場には優秀な人材が多く揃っています。それは揺るぎのない事実だと思います。
しかし、その力を発揮できていない最大の理由は、「失敗できない構造」にあります。
上司の承認を待ち、完璧を期してから動く。結果として、変化に遅れる──。
変革を阻むのは「人の抵抗」ではなく、「構造的な抑制」です。
この構造を変える第一歩が、“失敗を学習資産として設計する”という発想です。
戦略的レジリエンスとは、
「壊れない組織」ではなく
「壊れながら変化に適応し強くなる組織」
をつくること。
そのために必要なのは勇気だけではなく、戦略的な仕組み設計です。
経営層に求められるのは、「失敗のない改革」ではなく、“失敗から学ぶ改革をマネージする力”。
それを受け入れる構造をつくれた企業だけが、次の時代に適応できるサービス組織を創り、優れたサービスを提供できるのだと、私は確信しています。
👉来週は、海外事例ピックアップ #5として「The Ultimate Guide to Customer Service Burnout(カスタマーサービスにおける燃え尽き症候群に対する究極ガイド)」を解説します。
👉👉次々週は、本ニュースレターの年内最終回となります。「2026年に向けた現場DXの布石──次の論点と備え」と題して、2026年にお話ししようとしているポイントをお話ししたいと思います。
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