Vol.13:情報循環の実装 ー Volvo建機 事例解説

前回Vol.12・前々回Vol.11では、As-Maintained BOM(AM-BOM)を中核とした「現場情報の構造化」と、 その情報を設計に“戻す”Closed-loopの理論をお伝えしました。

しかし、多くの企業が次に直面するのは ─ 「それをどう実装すれば、実際に情報が循環し始めるのか?」という壁です。

イントロ:理論の次の壁 ─「実装」の構造をどう設計するか

Volvo Construction Equipment(以下、Volvo建機)は、この壁を実際に越えた数少ない企業のひとつです。

同社は、AM-BOMを核にIoT・PLM・FSMを結合し、現場と設計をリアルタイムで接続する情報循環構造を実装しました。

この取り組みは単なるテクノロジー導入ではなく、情報が組織全体を“学習させる構造”として設計されています。

今回は、このVolvo建機の仕組みを「情報循環の構造モデル」として分解し、

理論(AM-BOM/Closed-loop)がどのように現実の仕組みとして具現化されたのかを読み解いていきます。


1️⃣ 情報循環を可能にした「データ構造」──Digital Twinの座標系化

Volvo建機が掲げる最上位KPIは明確です。

それは「売上」でも「コスト」でもなく、機器の稼働率(Uptime)の最大化です。

このUptimeを維持向上するため、Volvo建機では製造後の各号機に対して、個体単位のDigital Twinを構築しています。

PTC社のPLMであるWindchillを中核とし、

  • 設計段階のS-BOM(Service BOM)

  • 出荷後のAs-Delivered BOM

  • 現場で更新され続けるAs-Maintained BOM

  • IoTセンサーが取得する稼働・環境データ

  • 現場(FSM)から上がる整備履歴

これらを統合することで、号機毎の情報が“呼吸するデジタルモデル”として常に更新されています

このDigital Twinは、前回定義した「翻訳の座標系」として機能しているのです。

現場で発生したイベント(故障・交換・稼働条件の変化)が、AM-BOM上の差分として自動的に記録され、それが設計言語(部品番号・構成階層)と紐づいているため、 設計者は現場の「現象」を自らの「構造言語」で理解できます。

つまり、Volvo建機はAM-BOMを現場と設計の共通辞書とし、 IoTデータをその文脈にマッピングすることで、情報の「座標軸」を揃えました。

この座標系こそが、情報循環を可能にする“構造的基盤”なのです。


2️⃣ クローズドループを駆動する「設計とサービスの連携」

このデータ構造が意味を持つのは、それがリアルタイムで双方向に利用されている点にあります。

設計部門では、Digital Twinを通じて、各機体のAM-BOM差分やセンサーデータを参照し、 寿命予測モデルを更新しています。

たとえば、油圧系部品の劣化速度や異常振動の閾値は、 「どの環境で、どの構成要素と組み合わせたときに劣化が早いか」という形で定量化され、 次期モデルのAs-Designed BOMに直接反映されます。

すなわち、As Maintained BOM→ Digital Twin → As-Designed BOM という情報のクローズドループが確立されているのです。

同時に、サービス部門もDigital Twinを参照し、 部品の残存寿命を基に保守計画を立てる「予知保全(Predictive Maintenance)」を実践しています。

現場の整備員は、機体ごとに異なる劣化パターンを事前に把握でき、 故障発生前に交換・整備を実施することで、ダウンタイム(非計画停止)を大幅に削減することが可能になっています。

こうして、設計部門とサービス部門が、同じDigital Twinを異なる目的で利用する“情報共有の循環構造”が生まれています。

このモデルは、Vol.12で論じた「データ採取 → 翻訳 → フィードバック」というClosed-loopの実装形そのものです。

Volvo建機は“翻訳”の精度をAM-BOMで担保し、その情報をリアルタイムで双方向に循環させることで、設計開発部門と現場であるフィールドサービス部門が同じ“時間軸”で学習する仕組みを実現しています。


3️⃣ Volvo建機事例から学ぶ「日本のDX推進への教訓」

Volvo建機の成功を支えているのは、最新のテクノロジーではありません。

その本質は、「現場の現実(AM-BOM)」を組織全体の共通言語としたことにあります。

Digital Twinは単なる3Dモデルではなく、クローズドループのインフラです。 それを成立させるには、「データをどう構造化し、どの部門がどの言語で読み取るか」という設計思想が不可欠です。

日本企業の多くは、ここを“システム連携の課題”として扱いますが、 実際の問題は、情報の翻訳責任が不明確なことにあります。

現場で収集したデータを、誰が、どの座標系(BOM構造)で、上流(設計)に戻すのか─ この“情報翻訳の職能”を制度として設計しない限り、データは流れません。


Volvo建機の取り組みが示すのは、クローズドループを支えるのは技術ではなく構造であるという事実です。

そして、構造を設計するのはテクノロジーではなく、人と組織なのです。

現場のリアルを、設計が読める言葉に変えること。 それが、情報が循環する組織の第一条件である。

Digital Twinを「見える化の手段」ではなく、 企業の学習を加速する情報循環インフラとして位置づけること。

それが、日本のフィールドサービスDX推進における次のテーマではないでしょうか。


👉次回予告:
Vol.14:FSM導入現場:FSMソリューション導入直後に現場が抱く3つの不満と、これを乗り越えるための業務再設計の構造


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