#23:正論では、人は動かない

─ DX推進責任者が経営判断を引き出すための、現実的な説得設計

お世話になっております。YMGアドバイザリーの山口です。

さて今回は、特にDX推進責任者や、現場側でプロジェクトを支えている変革リーダーの皆さんに向けて書きました。

プロジェクトの現場で「このままでは危ない」と感じながら、上司や経営層にうまく伝えられずにいる方たちへ。
今回は、少し実務的な話をします。


あなたの正論は、なぜ届かないのか

Vol.22で論じたことを思い出していただけますか。

計画書を守ることが「全員にとって合理的」な組織では、問題を指摘する人が「問題を起こした人」になります。

みなさんがどれほど誠実に、どれほど正確なデータをもとに「修正が必要です」と訴えても、上司や上層部の耳には、
それが「計画の甘さの告発」として届いてしまうことがあります。

だから、防衛反応が起きる。だから、判断が先送りされる。
だから、問題が見えているのに、プロジェクトはそのまま進んでしまう。

これは、みなさんのコミュニケーション能力の問題ではありません。
正論という武器が、この構造においては逆効果に働くという、組織の力学の問題です。

では、何が機能するのでしょうか。

私がこれまで複数の現場で観察してきた限り、上司や上層部・経営層が実際に動いたケースには、
ほぼ共通した構造がありました。

それは、正論で相手を説得しようとするのではなく、相手をリスクの当事者にするという設計です。

そしてもう一つ。「あなた(You)が問題を抱えている」ではなく、「私たち(We)が一緒に困る」という言語を使うことです。


Step 1:まず、コストの非対称性を「算数」で見せる

説得の最初の一手は、感情を挟む前に終わらせた方がいいでしょう。

「今修正するコスト」と「リリース後に修正するコスト」は、まったく違います。設計段階で見つけた欠陥と、リリース後に見つかった欠陥では、修正コストが桁違いに変わることは、ソフトウェア工学の世界でも広く知られています。

だからこそ、これは感情論ではありません。「今直すか、後で直すか」という、極めて現実的なコストの問題です。

ここで重要なのは、提示の仕方です。

「このまま進むと、あとで大変なことになります」では抽象的すぎます。

そうではなく、次のように変える。

「今週この仕様を修正する工数は、おおよそ◯人日です。一方、リリース後に同じ修正を行う場合、データ移行、再テスト、現場説明、ユーザー対応を含めて、影響範囲は大きく広がります。私たちが今選べるのは、どちらでしょうか。」

主語は「私たち(We)」です。

「私たちの計画が間違っています」ではなく、「私たちには、まだ選択肢があります」という構造にする。

この一語が、上司や上層部の防衛反応を外しやすくします。


Step 2:次に、爆発する「場面」を近づける

コストの非対称性を示した後にも、もう一つの壁があります。

それは、リスクが「遠い未来の話」として処理されてしまうことです。

「UAT時に問題が顕在化するリスクがあります」という言い方では、上司の頭の中に映像が生まれません。

半年後の話は、今日の判断の重さに変換されにくいのです。

ここで必要なのは、爆発する場面を、具体的な時間軸と登場人物で描くことです。

例えば、こうです。

「来月の◯◯設計レビューで、現場の◯◯さんたちがこの仕様に初めて触れます。そこで出てくる指摘は、今修正するよりも複雑な対応を必要とします。私たちがそこで詰まる前に、今週のうちに論点を整理できないでしょうか。」

抽象的なリスクが、具体的な場面に変わった瞬間、上司や上層部の頭に「自分事」の映像が生まれます。

これが、判断を引き寄せます。

人は、遠いリスクには反応しません。
しかし、自分が出席する会議、自分が説明責任を負う場面、自分の部門が困る場面には反応します。

リスクを近づける。場面にする。登場人物を置く。

これが、二つ目の設計です。


Step 3:最後に、「判断しない」という選択の意味を渡す

Step 1でコストを見せる。Step 2で爆発する場面を近づける。

ここまで来て、初めて最後の一手を使います。

ただし、ここが最もデリケートです。

「あなたが今決めなければ困ります」という言葉は、相手を孤立した責任者にしてしまいます。

追い詰められた人は、防衛か先送りに向かいます。これはVol.22で論じた「合理的な失敗の選択」そのものです。

代わりに使うべき言葉は、こうです。

「今ここで判断しないという選択も、選択です。ただ、その場合、私たちは◯◯という状況を引き受けることになります。一緒に確認させてください。私たちは、それを織り込んでいますか?」

主語は、最後までWeのままです。

「あなたの責任」ではなく、「私たちの現実」として提示する。

そして、「判断しないことの意味」を、静かに、事実として渡す。

これは脅しではありません。あなた自身もその判断の当事者であるという、誠実な表明です。

だからこそ、上司・上層部は「告発された」ではなく、「一緒に考えてくれている」と受け取りやすくなります。


正しさより、現実を共有する

Step 1、Step 2、Step 3を通じて、みなさんがしていることは「説得」ではありません。

上司や上層部が見えていない現実を、一緒に見る場所へ招待する行為です。

正論は、相手に「あなたが間違っている」という構造を突きつけます。
現実の共有は、「私たちはここにいる」という事実を一緒に確認する行為です。

日本の組織において、前者で動く人は多くありません。しかし後者で動く人は、確実にいます。

みなさんが見てきた「おかしな現実」は、きっと間違っていません。
問題は、その感覚を正論として届けようとしてきたことかもしれません。

「なぜ分かってくれないのか」ではなく、「どうすれば同じ現実を見てもらえるのか」。

この問いに切り替えた瞬間、社内での伝え方は変わります。


ただし、説得設計にも限界がある

ただし、ここには限界もあります。

この説得設計が機能するのは、上司や経営層が、まだ”合理的に”聞ける状態にある場合です。

すでに政治的な合意が固まっている。 特定ベンダーとの関係に深くコミットしている。
計画の修正そのものが、組織内で「許されない選択」になっている。

そのような場合は、残念ながら言葉だけで状況を変えることは困難です。

そのとき必要なのは、説得技術ではありません。体制や意思決定構造そのものの見直しです。

「説得できなかった」のではなく、「説得が機能しない構造だった」というケースも、現実には少なくありません。
(実際、その場合の方が多いのではないかと思います)

この点については、次回Vol.24で改めて論じようと思います。


診断は、届いて初めて意味を持つ

YMGアドバイザリーのスポット監査では、構造的な問題の診断と同時に、「それを社内でどう伝えるか」の言語設計も支援しています。

経営層にどう伝えれば防衛反応を起こさず、意思決定につながるのか。どの順番で、どの事実を、どの言葉で提示すべきか。どの論点を「問題の指摘」ではなく「意思決定の材料」として渡すべきか。

正しい診断が、正しく届かなければ、診断の意味は半減します。

現場で違和感を抱いている方。このまま進めることに不安を感じている方。上司や経営層に、どう伝えればよいか迷っている方。

ご相談はいつでも ymg-info@ymg-advisory.com までお気軽にご連絡ください。


次回Vol.24では、この現実を踏まえた上で、監理者が「機能する条件」を整えるための組織設計、体制、タイミング、経営との接続について論じます。

最近、投稿が不規則になっておりご迷惑をおかけしています。申し訳ありません。

次号より、原則として毎月第一火曜にお届けいたします。

また、LinkedInでは、投稿内容を図解した【図解解説シリーズ】として、毎月第三火曜にお届けします。

合わせて、引き続き、お読みいただけると幸いです。

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#22:計画書が、プロジェクトを殺す─ 監理者が機能しない組織の、本当の理由