#26:「続ける」だけが、判断ではない
─ Go・Stop・Redirectを、誰が、何を基準に決めるのか
お世話になっております。YMGアドバイザリーの山口です。
前回Vol.25では、Vol.19から続けてきた「体制論」を一度総括し、その先にある三つの意思決定を提示しました。
一つ目は、進めるか、止めるか、方向を変えるか。
二つ目は、何を守り、何を変えるか。
三つ目は、何を満たせばGo-Liveできるのか。
今号から、この三つを一つずつ考えていきます。
最初に取り上げるのは、プロジェクトの途中で何度も直面するにもかかわらず、最も曖昧なまま先送りされやすい判断です。
このまま進めるのか。一度止めるのか。それとも、方向を変えるのか。
プロジェクトには、三つの選択肢がある
プロジェクトを進めていると、当初の想定とは違う現実が必ず見えてきます。
要件の前提が違っていた。 現場業務とのギャップが想定以上に大きかった。 追加開発が膨らんできた。 データ移行が想定より難しい。 予定していた効果が期待できそうにない。
そんなとき、選択肢を大きく整理すれば三つあります。
Go ─ 現在の基本方針で、そのまま進める。
Stop─ 一度立ち止まり、必要であればプロジェクト自体を中止する。
Redirect ─ス コープ、方式、計画などを見直し、方向を修正して進める。
重要なのは、Goだけが「普通の選択」で、StopやRedirectが「特殊な選択」なのではないということです。
どれも、本来は同じように検討されるべき経営判断です。
ところが、実際のプロジェクトでは、三つの中でGoだけが自然に選ばれ続けることがあります。
Stopには「止めた責任」が伴う。Redirectには「計画を変更した責任」が伴う。
一方、Goは既に承認された計画に沿って進むだけなので、少なくともその時点では、誰か個人の新たな判断として認識されにくい。
そのため、「続ける」という選択だけが、判断を必要としないかのように扱われるのです。
なぜStopは、これほど難しいのか
三つの選択肢の中でも、Stopは特に難しい判断です。
なぜなら、プロジェクトを止めることで、それまで投じてきた予算や時間の一部が回収できないことを、組織として認めなければならなくなるからです。
プロジェクトを続けている限り、
「まだ成功する可能性がある」
「次のフェーズで挽回できるかもしれない」
と考えることができます。
しかし、一度Stopを選べば、
「これまでの投資の一部は戻らない」
という現実に向き合わなければなりません。
過去に使ったコストは、本来、これから先の判断とは切り離して考えるべきです。
それでも人は、
「ここまでお金を使ったのだから」
「ここまで時間をかけたのだから」
「今さら止めるわけにはいかない」
と考えてしまいます。
いわゆる埋没コストの問題です。
さらに厄介なのは、組織内での評価です。
Stopを提言した人が、
「プロジェクトを止めた人」
「投資を無駄にした人」
「計画を完遂できなかった人」
として記憶される可能性があります。
Vol.22で書いた「計画書の呪縛」と同じです。
判断によって生じるコストを、一人の人間に背負わせる構造になっている限り、Stopは選びにくい。
だからこそ、
「もう少し様子を見ましょう」
という言葉が増えていきます。
Redirectは、もっと使われてよいはずなのに
では、全部を止めるのではなく、方向を修正して進めるRedirectならどうでしょうか。
本来、プロジェクトでは最も自然な選択肢の一つです。
前提が変われば、計画を変える。
想定が外れれば、スコープを見直す。
より良い方法が見つかれば、方式を変更する。
プロジェクトを「更新されるべき仮説」と捉えるなら、Redirectは失敗ではありません。
むしろ、現実を踏まえた健全な判断です。
しかし、現場ではRedirectが「計画変更の承認プロセス」に変わった瞬間、一気に難しくなることがあります。
修正案を作る。
影響範囲を整理する。
関係者の合意を取る。
予算変更の承認を得る。
計画書を書き換える。
必要なら契約やSOWも変更する。
方向を修正するための手続きそのものが、非常に大きな負荷になる。
その大変さを現場が知っているからこそ、
「今のまま何とか進められないか」
という発想になります。
結果として、Redirectは制度上は存在していても、実質的には選びにくい選択肢になります。
計画を変更するためのコストが高すぎる組織では、方向修正の柔軟性そのものが失われます。
実は、第四の選択肢がある
ここまで、Go・Stop・Redirectという三つの選択肢について書いてきました。
しかし、実際のプロジェクトでは、もう一つの選択が行われています。
「判断しない」という選択です。
問題は認識されている。
会議でも共有されている。
課題管理表にも載っている。
関係者も「重要な問題だ」と理解している。
それでも、
「もう少し様子を見よう」
「次回の会議で判断しよう」
「追加情報が出てから考えよう」
「次のフェーズでもう一度確認しよう」
という状態が続く。
もちろん、本当に情報が足りないために判断を保留することはあります。
慎重に判断すること自体が悪いわけではありません。
問題は、何が分かれば判断するのか、いつまでに判断するのかが決まっていないまま、保留だけが続くことです。
これは慎重な意思決定ではありません。
意思決定の先送りです。
そして、プロジェクトは止めない限り進み続けます。
設計が進む。
開発が進む。
費用が積み上がる。
変更の影響範囲が広がる。
つまり、「判断しない」という選択は、中立ではありません。
実質的にはGoと同じ結果を生みます。
Goだけが自動的に続いていく状態は、Goを判断したのではありません。
StopもRedirectも判断しなかった結果です。
これが、プロジェクトにおける意思決定の怖さです。
「誰が決めるか」が曖昧だと、Goに流れる
では、なぜ判断が先送りされるのでしょうか。
一つの理由は、誰がその判断を下すのかが曖昧だからです。
現場の担当者は、問題を一番よく理解しています。
しかし、プロジェクトを止める権限はありません。
DX推進責任者やPMOに上げる。
しかし、そこでも数億円規模の追加投資や納期変更を決められるとは限りません。
PMに相談する。
しかしPMには、納期、スコープ、予算を守りながらプロジェクトを前へ進める役割があります。
さらに経営層へ上げる。
しかし、経営層は現場の詳細を十分には把握していないため、
「状況を引き続き注視してください」
という判断になりやすい。
誰も間違った判断をしているわけではありません。
それぞれが、自分の役割の中で合理的に行動しています。
しかし、
「誰がStopを決められるのか」
「誰がRedirectを承認できるのか」
が明確でなければ、結果としてGoだけが続いていきます。
それは意思決定というより、意思決定をしないままプロジェクトが進んでいる状態です。
必要なのは、「権限」だけではない
ここまでの問題を構造として捉えると、少なくとも一つ明らかなことがあります。
Go・Stop・Redirectを機能させるには、単に「誰かに権限を持たせる」だけでは足りません。
少なくとも、三つの要素が必要です。
1.誰が判断できるのか ─ Authority
どのレベルの問題で、誰が判断できるのか。
PMなのか。
プロジェクトスポンサーなのか。
ステアリングコミッティなのか。
経営会議なのか。
問題が起きてから「誰が決めるのか」を探すのではなく、あらかじめ決めておく必要があります。
2.何を基準に判断するのか ─ Criteria
誰かに権限を与えても、判断基準がなければ機能しません。
どの程度のコスト超過なら継続するのか。
どの品質問題なら一度止めるのか。
どのような構造的問題が見つかったらRedirectするのか。
基準がなければ、判断は人によって変わります。
そして、判断する人ほど大きな心理的負担を抱えることになります。
3.判断の結果を、誰が引き受けるのか ─ Accountability
ここが最も重要かもしれません。
Stopした結果、納期が遅れた。
Redirectした結果、追加費用が発生した。
その結果を、判断した個人だけの責任にするのか。
それとも、
「その時点で得られた情報をもとに、組織として判断した」
と受け止めるのか。
後者でなければ、誰も難しい判断をしたがりません。
意思決定とは、権限を与えることだけではありません。
権限、基準、そして結果を引き受ける責任の置き方まで含めて設計することです。
判断の設計は、問題が起きる前に行う
もちろん、ここには一つ難しい問題があります。
そもそも、
「Go・Stop・Redirectの判断権限を事前に設計しておく」
という発想自体がないプロジェクトもあります。
問題が起きてから、
「これは誰が決めるのか」
という議論を始める。
しかし、その時点では既に、
納期。
予算。
これまでの投資。
社内評価。
ベンダーとの契約。
経営層への説明。
さまざまな利害が絡んでいます。
当然、判断は難しくなります。
だからこそ、意思決定の設計は、問題が起きてから始めるものではありません。
プロジェクトを始めるときに、
「どう進めるか」
だけを決めるのではなく、
「どのような状態になったら、一度止まるのか」
「何が起きたら、方向を変えるのか」
「その判断を、誰が行うのか」
まで決めておく。
これは、PMだけの仕事ではありません。
プロジェクトへの投資を承認し、その結果に責任を持つ経営側が考えるべきテーマです。
DX推進責任者・PMOの皆さんに、一つだけ
現在進めているプロジェクトで、
「このまま進んで本当に大丈夫なのか」
という違和感を感じているのであれば、一度確認してみてください。
問いは、難しくありません。
「私たちのプロジェクトでは、どのような状態になったとき、誰がGo・Stop・Redirectを判断することになっていますか?」
この問いは、
「止めるべきです」
という告発ではありません。
誰かを責める問いでもありません。
今のプロジェクトに、意思決定の仕組みが本当に存在しているかを、一緒に確認する問いです。
答えがすぐに出てこないのであれば、それ自体が重要な診断結果かもしれません。
「予定通り続ける」ことも、本来は一つの意思決定です。
問題が見えているにもかかわらず、何も決めないまま進み続けているのであれば、それはGoではありません。
判断の不在です。
プロジェクトを止めることが、常に正しいわけではありません。
方向を変えることが、常に正しいわけでもありません。
大切なのは、
Go・Stop・Redirectのすべてを、本当に選択肢として持てているか。
そして、その選択を誰が、何を基準に行い、その結果を組織として引き受けられるかです。
意思決定とは、勇気のある誰か一人に任せるものではありません。
判断できる構造を、あらかじめ作っておくこと。
それが、「続ける」以外の選択肢を、本当の意味で機能させる第一歩です。
YMG Advisoryでは、プロジェクトの体制や進捗を確認するだけでなく、重要な意思決定に必要な論点が整理されているかを、第三者の視点から診断しています。
「問題は見えているが、誰も判断できない」
「会議では共有されるが、次の一手が決まらない」
「このまま進めてよいのか、止めるべきなのか判断できない」
そのような状況にある方は、ymg-info@ymg-advisory.comまでお気軽にご相談ください。
次回Vol.27では、二つ目の意思決定──
「何を守り、何を変えるのか」
を考えます。
納期、予算、スコープ、品質。
すべてを守ろうとしたとき、プロジェクトでは何が起きるのかを掘り下げます。