#04:「技術者は会社の顔」と言うだけで、現場は変わるのか?
フィールド技術者の役割を変えるなら、「期待する行動」まで設計する
「フィールド技術者は、会社の顔です」
アフターサービスやフィールドサービスの世界では、よく聞く言葉です。
顧客と直接接する機会が多いのだから、単に設備を直すだけではなく、顧客の立場で考えてほしい。
コミュニケーション力も高めてほしい。時には、顧客がまだ気づいていない課題にも気づいてほしい。
方向性としては、よく分かります。
ただ、その言葉を聞いた技術者から、
「では、具体的に何をすればいいのでしょうか?」
と聞かれたら、どこまで説明できるでしょうか。
そんなことを考えさせられた海外事例がありました。
Future of Field Serviceが2026年9月に紹介した、Brightstar Lottery社(以下、Brightstar社)のプロフェッショナル・コンピテンシー育成プログラムです。
同社は米国26州で600人を超えるフィールドサービス技術者を有しており、技術スキルについては、何を習得し、何を実践できれば次のレベルへ進めるのか、かなり詳細な育成体系を持っていました。
ところが、顧客対応やチームへの貢献といったプロフェッショナルスキルになると、事情が違いました。
経営や管理職は技術者に「あなたたちは会社の顔だ」と伝える。
すると現場から返ってきたのが、
「そのためのトレーニングはどこにあるのですか?」
という、ごく自然な問いだったそうです。
「優秀な人は見れば分かる」では育成できない
Brightstar社には、もう一つ興味深い問題がありました。
管理職に、
「同じくらいの技術力を持つ技術者の中で、優秀な人は何が違うのか」
と尋ねても、明確に説明できなかったのです。
「見れば分かる」
感覚的には分かっている。しかし、言葉にはできない。
これは決して珍しい話ではないと思います。
「あの人は顧客対応がうまい」
「あの人なら安心して重要顧客を任せられる」
「技術力だけなら同じくらいなのに、なぜか彼の方が信頼される」
現場では分かっている。
でも、
何をしているからそう見えるのか
までは整理されていない。
Brightstar社は、ここを感覚のままにしませんでした。
18カ月をかけ、5段階の技術者レベルごとに、技術力が概ね同程度でありながら評価の高い技術者と
平均的な技術者を選び、行動面で何が違うのかを調べました。
30〜90分の行動インタビューを重ね、難しい状況で何をしたか、顧客や同僚との関係をどう作ったか、
仕事を学ぶ時にどのような行動を取ったかを分析しています。
そこで見えてきたのは、単に「コミュニケーション力が高い」という話ではありませんでした。
初級レベルでは、相手との信頼関係を早く作れることや対人対応が差になる。
経験を積んだ上級者になると、自分が仕事をできるだけではなく、
他の技術者を支援する
メンタリングする
リーダーシップを発揮する
といった行動が差になる。
つまり、
優秀な技術者の定義は、キャリアレベルによって変わる
ということです。
「顧客視点を持て」を、行動に翻訳できているか
ここが、今回の事例で私が最も面白いと感じたところです。
日本企業でも、
「もっと顧客視点を持ってほしい」
「技術だけではなく、コミュニケーション力も必要だ」
「サービス技術者にも提案力を持ってほしい」
といった話を聞くことがあります。
でも、この言葉だけでは現場は動きにくい。
なぜなら、期待されている行動が分からないからです。
例えば「顧客視点」とは何でしょうか。
顧客の話を最後まで聞くことなのか。
技術用語を使わず、設備への影響を分かりやすく説明することなのか。
修理が終わった後に、次に起こりそうなリスクを伝えることなのか。
自分で答えられない質問を、その場で曖昧にせず適切な担当者へつなぐことなのか。
これらは一例であり、Brightstar社がそのまま定義した行動ではありません。
重要なのは、企業ごとに、
「顧客視点を持つ」とは、自社の現場では具体的にどのような行動なのか
まで翻訳することです。
そこまで落とせて初めて、本人も実践できますし、上司もフィードバックできます。
研修を一度やれば変わる、でもなかった
Brightstar社が作ったプロフェッショナル・コンピテンシー育成プログラムは、
現在15のコンピテンシー(求められる能力・行動特性)から構成され、それぞれに7〜10程度の具体的な具体的な行動が設定されています。
興味深いのは、その教え方です。
一週間学習して終わりではありません。
まず一週間で、そのコンピテンシーが何を意味し、自分の仕事ではどんな行動になるのかを学ぶ。
その後、4週間にわたり、実際の仕事の中で特定の行動を試す。
そして上司と、
「やってみてどうだったか」
を振り返る。
さらに一つの具体的な行動には半年程度かける設計になっています。
つまり、
研修 → 現場実践 → 上司との対話 → 再実践
を繰り返す。
プロフェッショナルスキルは、「教えたから身についた」とするのではなく、仕事の中で行動を変えながら身につけるものとして設計されています。
Brightstar社側も、この取り組みを一度きりの研修ではなく、時間をかけたカルチャー変革として捉えています。
これは、日本企業で人材育成を考える上でも示唆があるように思います。
実は変わるべきなのは、技術者だけではない
ここで一つ考えたいことがあります。
「技術者の行動を変えよう」という話をすると、どうしても本人の能力開発へ目が向きます。
しかしBrightstar社の事例を見ると、変わる必要があったのは技術者だけではありません。
管理職側も変わる必要がありました。
もともと管理職自身が、
「優秀な人は見れば分かる」
という状態だったからです。
プロフェッショナル・コンピテンシーが行動として言語化されたことで、
「もっとカスタマーセントリック(顧客中心の目線)になれ」
ではなく、
「今回の顧客対応では、この行動はできていた」
「ここでは別の対応もできたのではないか」
と、具体的に対話できるようになる。
Brightstar社では、こうした上司との振り返り自体が、プログラムの重要な部分になったと報告されています。
つまり、
役割を変えるなら、本人への研修だけでなく、上司が何を見て、何を話すのかまで変える必要がある。
ここは非常に重要だと思います。
第2作で書いた「標準化と現場裁量」
拙著第2作『なぜ、現場は忙しいのに生産性が上がらないのか?』
第6章では、標準化と現場裁量について取り上げました。
そこで書いたのは、
標準化とは、現場を縛ることではなく、現場が判断できる状態を育てること
です。
現場には、マニュアルだけでは判断できないことが必ず起こります。
だからといって、
「経験を積めば分かる」
「優秀な人を見習え」
だけでは、いつまでも属人的なままです。
何を基準に判断するのか。
どこまでは自分で決めてよいのか。
どこから相談すべきなのか。
良かった判断、うまくいかなかった判断をどう振り返るのか。
そうした仕組みを作ることで、個人の経験が少しずつ組織の能力になっていきます。
Brightstar社のプロフェッショナル・コンピテンシーも、技術スキルとは違う領域ではありますが、構造は似ています。
「優秀な人の感覚」を、他の人も使える判断基準や行動へ変える。
これは人材育成の話であると同時に、標準化の話でもあると思います。
評価制度を変えればいい、でもない
では、定義した行動をそのまま人事評価へ入れればよいのでしょうか。
ここは少し慎重に考えた方がよさそうです。
拙著第2作の第4章では、KPIについて、
評価より先に改善に使う
ことを提案しました。
数字をいきなり人事評価へ結びつけると、現場は「どう改善するか」より、
「どう評価を落とさないか」を考え始めることがあります。
技術者の成果も、本人の能力だけでなく、受付情報、部品、担当案件の難易度など複数の条件に左右されます。
プロフェッショナル・コンピテンシーも同じではないでしょうか。
最初から、
「顧客志向:5点」
「コミュニケーション:3点」
と採点することが目的になれば、また違う問題が起こります。
まず必要なのは、
本人と上司が、良い行動について同じ言葉で話せること。
そして、
実際の仕事を振り返りながら、次に何を変えるか考えられること。
評価は、その後でもよいはずです。
「技術者の役割を変える」とは、何を変えることなのか
少なくとも私がこれまで見てきた中でも、
技術者にもっと顧客視点を持ってほしい。
サービスから新しいビジネス機会を見つけてほしい。
若手を育成してほしい。
ナレッジを残してほしい。
と、現場へ期待される役割は増えています。
でも、役割だけ増やして、
研修体系は従来の技術教育中心。
上司との会話も納期や案件進捗中心。
評価も訪問件数や稼働率中心。
となっていたら、現場からすれば、
「結局、何を変えればいいのか」
が分かりません。
役割を変えるということは、ジョブ・ディスクリプション(職務定義)を書き換えることでも、スローガンを掲げることでもない。
期待する行動を定義する。
実際の仕事の中で試せるようにする。
上司と振り返る。
成長段階に応じて期待する行動も変える。
必要であれば評価やキャリアパスにもつなげる。
そこまで一つの仕組みとして設計して、初めて役割が変わっていくのではないでしょうか。
海外事例を、そのまま日本へ持ってこない
Brightstar社の事例は興味深いものですが、同社のコンピテンシーをそのまま日本企業へ持ってくればよい、という話ではありません。
顧客との関係も違います。
提供しているサービスも違います。
技術者に求められる裁量も違います。
企業文化も違います。
また、Future of Field Serviceの記事で紹介されている成果は、現時点では主として本人や管理職による経験・観察に基づくもので、統制された効果測定ではありません。記事では、チームミーティングへの参加姿勢や顧客視点での問題解決などに変化が見られたとされていますが、因果効果として読むべきものではないでしょう。(また、Future of Field ServiceはIFS社とのパートナーシップのもとで運営されていることも明記しておきます)
だから重要なのは、15個のコンピテンシーを真似することではありません。
自社で、
「これからのフィールド技術者に、何を期待しているのか」
を明確にする。
そのうえで、
「それは、具体的にどんな行動として現れるのか」
まで考えてみることです。
「会社の顔」なら、会社側にも責任がある
「技術者は会社の顔です」
この言葉自体は、間違っていないと思います。
ただし、本当にそう考えるのであれば、会社側にも責任があります。
顧客視点を求めるなら、何をすれば顧客視点なのかを示す。
提案力を求めるなら、どこまでが技術者の役割なのかを明確にする。
若手育成を求めるなら、メンタリングを仕事として位置づける。
新しい役割を求めるなら、それを実践し、振り返り、成長できる環境を作る。
現場へ、
「意識を変えてください」
と言うだけでは、役割は変わりません。
必要なのは、意識改革より先に、
期待する行動を、現場が実践できる仕組みに変えること
なのではないでしょうか。
あなたの会社では、「顧客視点を持つ技術者」とは、具体的にどのような行動をする人でしょうか?
その問いに、上司と技術者が同じ答えを出せるでしょうか。
YMG Advisoryでは、現場へ新しい役割や努力を追加するところからではなく、役割、判断基準、業務プロセス、KPI、マネジメントの仕組みがどうつながっているかを整理するところから、フィールドサービス改革を考えています。
参考
Future of Field Service, Building High-Performing Field Service Teams: From Technical Skills to Transformational Behaviors, September 9, 2026.