海外都市ガス事業者の事例から考える、「作業をなくすDX」
現場DXというと、
タブレットやスマートフォンを導入する
紙の帳票を電子化する
あるいはAIで作業を自動化する
といった話が多く聞かれます。
もちろん、こうした取り組みには意味があります。
ただ、デジタル技術を導入した結果、現場の仕事は本当に減っているでしょうか。
入力する端末は変わったけれど、入力項目は変わらない。
現場で記録した情報を、事務所に戻ってから別のシステムへ入力し直す。
複数の機器を持ち替えながら、一つの作業を進める。
こうした仕事が残っているなら、デジタル化は進んでも、現場の負担は思ったほど減っていないかもしれません。
これは、まだデジタル化が進んでいない企業だけの問題ではありません。
すでに高度なシステムを導入している企業でも、一つひとつの業務を詳しく見ていくと、工程と工程の間に、なくせる作業が残っている可能性があります。
今回取り上げるのは、米国の都市ガス事業者が、そうした作業の分断を見直した事例です。
現場作業時間を半分以下にした、米国の都市ガス事業者
米国オハイオ州のLancaster Municipal Gas(LMG)は、約16,300件の顧客に都市ガスを供給する事業者です。
同社は、地下に埋設されたガス管の位置を特定し、その位置情報を地図に登録する業務を改善しました。
従来の作業では、まず専用の探知機でガス管の位置を確認し、地面に印を付けます。
その後、別の高精度GPS機器に持ち替え、位置情報を測定して地図に記録していました。
一部の情報は、後から入力する必要もありました。
つまり、一つの現場作業を完了するために、複数の機器を使い、情報を記録し、場合によっては後から入力するという手順が必要だったのです。
そこでLMGは、ガス管の位置特定と高精度測位を一つの機器で行い、その場で取得した情報をGIS(地理情報システム)のArcGISへ送信できる仕組みを導入しました。
さらに、送信された測定データから本管か引込管かを自動的に分類し、測位品質をスコア化する処理も組み込みました。判定が難しいデータは無理に分類せず、確認が必要なものとして担当者に戻します。
LMGの業務フロー比較。Esriの公開事例をもとにYMG Advisory作成
この仕組みは2026年5月に稼働を開始しました。
その結果、同社によれば、対象となる現場作業時間は半分以下になったといいます。
出典:Esri「LMG Streamlines Field Locates with ArcGIS」(2026年10月20日)
では、日本の大手都市ガス事業者ではどうなのか
ここまで読んで、「日本の都市ガス事業者でも、同じようなことは既にやっているのでは?」と思われた方もいるかもしれません。
確かに、日本の大手事業者も現場DXを進めています。
例えば、国内最大手の東京ガスグループで導管事業を担う東京ガスネットワークでは、他企業の工事現場を巡回する業務において、タブレットで導管図を確認し、現場で報告書を作成できる仕組みを提供しています。
さらに、現場の状況やガス管との離隔距離などを数値化し、工事立会の優先度や巡回頻度を判断する仕組みもあります。
ガス漏れ対応についても、同社の「EAGLE24」というシステムでは、通報の受付から出動指示、現場写真の共有、対応完了後の報告承認までを、関係工事会社も含めて一元管理しています。
つまり、今回のLMGの事例を、
「海外では進んでいるが、日本ではまだ紙や手作業に頼っている」
という話として捉えるのは適切ではありません。
では、LMGの事例から何を学べるのでしょうか。
私は、ここで比べるべきなのは、導入しているシステムの数や機能の多さではないと思います。
注目したいのは、一つの作業を、どこまで無駄なく完了できるようにしているかという点です。
LMGが見直したのは、埋設管の位置特定から測位、記録、地図への反映までの一連の業務でした。
東京ガスネットワークが、これと同じ工程をどこまで一体化しているかは、今回確認した公開資料だけでは分かりません。また、両社で公開されている取り組みは対象業務も異なるため、単純に優劣を比較することはできません。
それでも、ここで考える価値のある問いがあります。
既に高度なシステムを導入している企業でも、工程と工程の間に、まだなくせる作業が残っていないでしょうか。
新しい技術を導入することと、仕事の流れを無駄なく設計することは、同じではありません。
LMGの事例は、海外の先進企業をそのまま手本にするためではなく、自社の現場に残っている余分な手順を見つけるための材料として読むことができると思います。
改善の決め手は、機器の性能だけではなかった
この事例で興味深いのは、単に高性能な機器を導入したわけではない、という点です。
LMGは、もともと高精度な測位機器を保有していました。
新たに実現したのは、ガス管の位置を特定する作業と、位置情報を記録する作業を、一つの流れとして完了できるようにしたことです。
従来は、位置を特定した後に機器を持ち替え、改めて測位し、情報を記録する必要がありました。
改善後は、一つの機器で位置特定と測位を行い、その情報をシステムへ送信できます。さらに、一定のルールで処理できる部分は自動化し、確認が必要なものだけを人が判断します。
つまり、短縮できたのは、測定にかかる時間だけではありません。
機器を持ち替える時間
情報を改めて記録する手間
後から入力する作業
そしてデータを整理するための追加作業
も、減らせる構造になっています。
新しい技術で既存の作業を速くしたというより、作業の間に存在していた余分な手順をなくした。
ここに、この事例の本質があるのではないでしょうか。
デジタル化しても、仕事が減らないのはなぜか
日本企業でも、現場作業のデジタル化は進んでいます。
紙の報告書をタブレット入力に変える。
現場写真をシステムに登録する。
作業実績を電子化して、管理部門が確認できるようにする。
こうした取り組みは必要です。
しかし、従来の業務手順をそのまま残した状態でデジタル化すると、仕事の流れそのものは変わりません。
例えば、現場で入力した情報を、別のシステムへ再入力していないでしょうか。
作業報告を登録した後、管理部門が内容を確認するために、もう一度同じ情報を整理していないでしょうか。
情報をデジタル化することと、情報を一度の作業で必要な場所へ届けることは、別の話です。
LMGの事例では、位置特定、測位、情報登録、品質確認を、できる限り一つの流れとして設計しました。
もちろん、すべての作業を自動化すればよいわけではありません。
測位品質の確認や、判断が難しいデータのレビューなど、人が関与すべき部分は残ります。
重要なのは、人の仕事を一律に減らすことではなく、人が判断する必要のない作業を減らし、人が判断すべき仕事に時間を使えるようにすることです。
現場作業が半分になれば、生産性も2倍になるのか?
ここで、もう一つ考えておきたいことがあります。
今回、短縮されたのは、埋設管の位置特定と測位に関する現場作業時間です。
これだけで、事業全体の生産性が2倍になったと判断することはできません。
例えば、一つの作業が短縮されても、その後のデータ確認や修正に時間がかかるなら、全体としての改善効果は限定的です。また、作業件数が増えた結果、別の工程に負荷が集中する可能性もあります。
私がClickSoftwareに在籍していた当時、電力会社のドローン点検に関する実証実験が、業界でよく話題になっていました。
鉄塔に人が登って点検する代わりに、ドローンを使えば、点検そのものを効率化でき、安全性も高められます。
当時、私は以前、セミナーなどで、こんな問いを投げかけていました。
「点検作業の時間が50%短くなったら、フィールドサービス全体の生産性も50%上がるのでしょうか?」
点検が早く終わることには、もちろん価値があります。
しかし、異常が発見されれば、その後に診断、作業計画、要員や部品の手配、実際の修理といった仕事が続きます。
点検工程だけを速くしても、その先が詰まっていれば、全体の生産性は思ったほど上がらないかもしれません。
今回のLMGの事例も、同じ視点で見ることができます。
ただし、LMGの場合は、単に位置特定の作業を速くしただけではありません。
位置特定から測位、記録、システムへの反映までをつなぎ、工程の間にあった余分な手順を減らしています。
ここが評価すべきところです。
それでも、さらにその先の業務を含めてどの程度の改善につながったかは、公開情報だけでは分かりません。
個々の作業を速くすることと、仕事の流れ全体を改善することは、同じではありません。
一つの工程を改善したら、その前後も含めて、どこに次の制約があるのかを確認する。
これが、継続的な生産性向上には欠かせません。
DXの前に、「なくせる作業」を探してみる
今回の事例から、日本企業が現場DXを進める際に考えたいことは、決して複雑ではありません。
新しいシステムや機器を選ぶ前に、現在の業務を一度、流れに沿って見直してみることです。
同じ情報を、複数の機器やシステムに入力していないか。
現場で取得した情報を、後から事務所で入力し直していないか。
作業の途中で、別の機器やシステムに持ち替える必要がないか。
自動的に処理できるものまで、人が一件ずつ確認していないか。
本当に人の判断が必要な案件と、そうでない案件を区別できているか。
これらを確認するだけでも、改善の方向性が見えてくることがあります。
拙著『なぜ、現場は忙しいのに生産性が上がらないのか?』では、フィールドサービスの生産性を、個々の作業の効率ではなく、顧客依頼から解決完了までの「流れ」で捉えることが重要だと書きました。
第7章でも、AI、FSM、モバイル、IoTなどのテクノロジーは、導入そのものが目的ではなく、仕事の流れを詰まらせている制約を外すために使うべきだと述べています。
LMGの事例は、その考え方を具体的に示してくれています。
なお、現場作業時間の半減という数値は、Esriが紹介する顧客事例で報告されたものです。公開記事では、測定方法や対象件数などの詳細までは示されていません。
そのため、すべての現場で同じ効果が得られると考えるのではなく、どの作業をなくしたことが成果につながったのかに注目するのが適切でしょう。
デジタル化した「その先」に、改善の余地はないか
今回のLMGの事例を、私は「海外の優れた技術を日本も導入すべきだ」という話として捉えていません。
日本にも、東京ガスネットワークのように、現場業務のデジタル化や業務プロセスの改善を進めている企業があります。
- それでも、どれほど高度な仕組みを持っていても、すべての業務が最初から最適な形になっているとは限りません。
- 新しいシステムを入れた時には必要だった手順が、今では不要になっているかもしれません。
- 別々のシステムで行っていた作業を、今なら一度で済ませられるかもしれません。
- これまで人が確認していたものの中にも、例外だけを確認すればよい仕事があるかもしれません。
つまり、DXが進んでいる企業にも、次の改善の余地はあるということです。
その余地を見つけるには、新しい技術を探す前に、実際の仕事がどう流れているのかを見直してみる必要があります。
あなたの会社では、既にデジタル化が進んでいる業務でも、工程と工程の間に、まだなくせる作業が残っていないでしょうか。
現場DXの成果は、デジタル化した作業の数だけでは測れません。
デジタル化によって、どれだけ不要な作業をなくし、仕事の流れを改善できたか。
新しいシステムを追加する前に、既存の仕組みを使いながら、仕事の流れをもう一度見直してみる。
そこに、次の生産性向上の余地があるのではないでしょうか。
YMG Advisoryでは、テクノロジーの導入そのものを目的とするのではなく、現場の業務を「流れ」と「制約」の視点から捉え、どこに改善の余地があるのかを整理することから、フィールドサービス・アフターサービス改革を支援しています。
参考
Esri, “LMG Streamlines Field Locates with ArcGIS”, 2026年10月20日。
東京ガスネットワーク, 「他企業工事巡回 業務の管理支援システム」
東京ガスネットワーク, 「EAGLE24」
※LMGと東京ガスネットワークでは、公開されている取り組みの対象業務や事業条件が異なります。本記事は両社のDX水準を比較・評価するものではありません。