#07:予測精度が上がれば、停電復旧は早くなるのか?
AIの価値を「精度」ではなく、「誰が判断できるようになったか」で考える
台風や豪雨などの大規模な気象災害が近づいている。どの地域で、どの程度の停電が起きそうか。
それを事前に予測できれば、電力会社は復旧要員を早めに確保し、必要な地域へ配置することができます。
近年は、気象データや過去の停電実績を使った予測モデルも高度化しています。
では、予測精度が上がれば、それだけで停電復旧も早くなるのでしょうか。
今回の記事を読んで、改めて考えたのは、
AIの価値を「どれだけ正確に予測できたか」だけで測ってよいのか
ということでした。
むしろ重要なのは、
その予測によって、誰が、何を、どのタイミングで判断できるようになったのか。
ではないでしょうか。
「何件停電するか」を当てるだけでは、現場は動かない
そんなことを考えさせられたのが、米国のコンサルティング会社Logic20/20が2026年9月に公開した、大手電力会社の災害復旧対応に関する事例です。
この電力会社では、暴風雨による停電件数を予測し、事前の復旧要員配置に活用するモデルをすでに持っていました。
しかし、特に影響の大きな気象災害では予測誤差が大きく、まさに重要な配員判断をしなければならない場面で、モデルを十分に信用できない状態だったといいます。
そのため、実際の判断は依然として個々の熟練者の経験に大きく依存していました。
Logic20/20は、単に予測モデルのアルゴリズムだけを見直したわけではありません。
データ、停電実績、気象予報、モデル設計、さらに予測を実際の災害復旧対応へ組み込む業務の流れまで確認しています。
その結果、2025年の実際の気象災害データで検証したところ、従来モデルと比べて予測誤差は全体で24%、影響の大きい災害では38%改善したと報告されています。
この数字だけを見ると、
「予測精度が大幅に向上したAI活用事例」
と読めます。
でも、私がこの事例で面白いと思ったのは、そこではありません。
一つの「正解」を出さなかった
災害復旧対応では、実際の停電件数が確定してから人を集めたのでは遅すぎます。
暴風雨が来る前に、
- どの程度の停電が起きそうか。
- 何人必要になりそうか。
- どこへ配置するか。
- 協力会社や外部要員をどこまで確保するか。
を決めなければなりません。
当然、そこには不確実性があります。
少なく見積もれば、復旧要員が足りなくなる。
追加要員を直前に確保すれば、コストも高くなります。復旧時間が長くなる可能性もあります。
逆に多く見積もりすぎれば、必要以上の要員を動員し、待機や移動、外部応援などのコストが発生します。
つまり重要なのは、
「停電は1,000件起きます」と、一つの予測値を出すことだけではない
ということです。
今回の事例では、予測される停電件数を幅で示すとともに、過剰配員と過少配員がそれぞれどの程度のコストにつながるかを意思決定者へ提示しています。
その情報をもとに、災害復旧対応の責任者が必要な要員数を判断できるようにしました。
私は、ここがこの事例の本質だと思います。
予測精度ではなく、「判断の質」を上げる
AIや予測分析の議論では、
「精度は何%ですか?」
という話になりがちです。
もちろん精度は重要です。
でも、業務の立場から考えれば、予測モデルの役割は「未来を当てること」だけではありません。
より良い判断を、より早くできるようにすること
こちらの方が重要ではないでしょうか。
例えば、
「大規模停電になる可能性は高い。ただし、予測にはまだ幅がある」
という結果だったとします。
ここで、
経験豊富な責任者なら100人
別の責任者なら150人
念のため200人
と、人によって判断が大きく違うのであれば、予測モデルを入れても、配員判断そのものは属人的なままです。
逆に、
- この予測幅なら、まず自社要員をここまで確保する
- この水準を超えたら協力会社を招集する
- 次の気象予報でさらに悪化したら追加動員する
といった判断基準まで整理されていれば、予測は初めて業務の中で機能します。
つまり、
「予測」と「判断」の間をつなぐ設計
が必要なのです。
このテーマには、個人的にも少し思い入れがある
私自身、以前ClickSoftwareに在籍していた頃、気象情報を活用して災害時の要員配置を最適化する”Storm”デモをClickは用意していました。
当時の日本でも、2018年に関西地方を直撃した台風21号、2019年に関東地方へ大きな被害をもたらした台風15号などによって、大規模・広域停電が発生しました。
復旧にあたっては、被災地域の電力会社だけではなく、他の電力会社からも多くの応援要員が投入されたことをご存知の方も少なくないと思います。
その頃、いくつかの電力会社で、
「大規模災害時に、どこへ、どれだけの要員を派遣すれば、最も効率よく且つお客様をできるだけ待たせずに復旧できるか」
という最適化の検討が行われていたことを思い出します。
ただ、実務では毎年のように大規模災害が起きるわけではありません。
そのため、当時は災害対応そのものより、日々の業務における「足順」―電力業界でいう、技術者がどの現場をどの順序で回るかという訪問順や配員の最適化―の方が、利用頻度や効果の面では力点を置かれていたように記憶しています。
当時のClickSoftwareの強みも、AIを使ったスケジューリングの自動化・最適化でした。
ただ、今回この事例を読んで改めて感じたのは、
どのユースケースでAIを使うか以上に、大切なことがある
ということです。
AIの価値は、「ベテランがいなくても判断できること」かもしれない
災害時の配員判断を考えてみます。
これまで、
「今回の台風なら、○○さんなら何人呼ぶだろう」
「まず○○さんに聞こう」
という状態だったとします。
その○○さんには、長年の経験があります。
- 過去の台風
- 地域ごとの設備特性
- 協力会社の動員能力
- 復旧に必要な時間
- 予報が外れた時のリスク
そうしたものを総合して判断しているのでしょう。
経験豊富な人がいるから、仕事が回っている。これは決して悪いことではありません。
問題は、
その人がいなければ判断できない
状態になっていることです。
拙著『なぜ、現場は忙しいのに生産性が上がらないのか?』でも、熟練した担当者が経験と勘でスケジューリングを行い、その判断基準が見える化されていなければ、担当者自身が組織のボトルネックになり得ると書きました。
重要なのは熟練者を否定することではなく、「何を基準に判断しているのか」を組織で使える形にすることです。
今回の事例をその視点から見ると、AIの価値が少し違って見えてきます。
AIが熟練者より正確に未来を当てることだけが価値ではありません。
- 予測幅を示す
- 過剰配員のコストを示す
- 過少配員の影響を示す
- 判断に必要な材料をそろえる
そうすることで、
特定の超ベテランがその場にいなくても、別の責任者が一定水準の判断をできるようにする
そこにも、大きな価値があるのではないでしょうか。
属人的な判断を、組織の判断能力へ変える
拙著第2作では、
熟練者の判断を奪うのではなく、熟練者の判断を次の人が使える形に変える
ことが重要だと書きました。
- 判断基準を言語化する
- 判断の理由を残す
- 過去のパターンを蓄積する
- そして、それを若手教育やAI、システムにも活用する
属人的な判断を少しずつ組織能力へ変えていくという考え方です。今回の予測モデルも、同じように考えられると思います。
AIが、
「明日は1,247件停電します」
と数字を出すこと自体が目的ではありません。
その情報によって、
- 誰が判断できるようになったのか
- 判断までの時間は短くなったのか
- 人による判断のばらつきは減ったのか
- ベテラン不在でも対応できるようになったのか
- 判断の根拠を説明できるようになったのか
そこまで見る。
そう考えると、AI活用のKPIも変わってきます。
AIのKPIは「予測精度」だけでよいのか
モデル開発側から見れば、
予測誤差がどれだけ減ったか
は当然重要です。
でも事業側から見ると、それだけでは足りません。
- 復旧までの時間は短くなったのか
- 必要な要員を早く確保できたのか
- 不要な待機コストは減ったのか
- 判断するまでの時間は短くなったのか
- 判断できる人が増えたのか
- 顧客への影響は減ったのか
こうした指標も必要ではないでしょうか。
今回の事例では、改善したモデルを2025年の実際の気象災害へ遡って適用すると、過剰・過少配員の影響を踏まえて、年間約2,000万ドルの災害復旧対応コストを削減できる可能性があったと試算されています。
非常に大きな数字です。
ただし、これは、
実際に2,000万ドルを削減したという実績ではありません
改善後のモデルを過去の実績へ適用し、その予測を配員判断へ活用していた場合の効果を試算したものです。
また、顧客企業名は公開されておらず、事例を紹介しているのもプロジェクトを実施したLogic20/20自身です。したがって、「AIで2,000万ドル削減した成功事例」と紹介するのは適切ではないでしょう。
それでもこの事例が興味深いのは、予測誤差という技術的な指標だけではなく、
その予測が人員配置へどう影響し、その判断が事業にどんな価値を生むか
までつなげて考えている点です。
不確実性を消すのではなく、判断できるようにする
今回の事例でもう一つ興味深いのが、予測を「幅」で示していることです。
予測モデルというと、
「1,247件」
のように、一つの数字が出た方が正確に見えます。
でも、現実の気象災害にそんな確実性はありません。
今回のプロジェクトでは、入力となる気象予報にも偏りがあり、特に強風を少なく見積もる傾向が確認されたと報告されています。気象予報そのものを変更することはプロジェクト範囲外だったため、補正や継続監視などが今後の課題とされました。
つまり、
AIを入れても、不確実性そのものがなくなるわけではない
むしろ大切なのは、その不確実性を見えるようにして、
「この範囲なら、どの行動を選ぶか」
を判断できるようにすることではないでしょうか。
これは、AIに慎重になろうという話ではありません。反対です。
何が分かっていて、何がまだ分からないのか。
その状態で、どこまで行動するのか。
それが分かれば、AIをより安心して業務に使えるようになります。
「何人必要か」だけでなく、「いつ動かすか」
拙著第2作の第5章では、フィールドサービスの生産性を、
Right Technician, Right Parts & Right Information
を、
Right Timing
でそろえることだと整理しました。必要な人、部品、情報は、単独で存在していても意味がありません。
顧客課題を解決するために必要なタイミングでそろって初めて価値を持ちます。
災害復旧対応では、このRight Timingが非常に分かりやすく現れます。
必要な人数を正しく予測できても、暴風雨が過ぎてから招集したのでは遅い。
逆に、可能性が少し出ただけで大量の人員を早々に招集すれば、待機コストが膨らみます。
つまり、
「何人必要か」だけでなく、「いつ、その判断をするか」
が重要です。
これは災害対応に限りません。
予知保全なら、設備が故障しそうだと予測した後、いつ点検するのか。
部品需要予測なら、需要が増えそうだと分かった後、いつ発注するのか。
問い合わせ予測なら、繁忙が見込まれる時に、いつ要員を追加するのか。
必ずその先に、
「だから、どうするのか」
という判断があります。
予測は、その判断につながって初めて業務上の価値を持ちます。
「AIを入れる」のではなく、判断の流れを設計する
日本の電力・ガスなどのユーティリティ事業者でも、今後AIや予測分析の活用はさらに進むでしょう。
ただ、その時に、
「どのAIを使うか」
「精度は何%か」
だけを議論するのでは不十分だと思います。
予測が出た後、
- 誰が見るのか
- どう解釈するのか
- どの条件で行動するのか
- どこまで担当者に任せるのか
- どの条件を超えたら上位者へエスカレーションするのか
- そして、その判断結果を次回へどう戻すのか。
そこまで含めて、判断の流れを設計する。
今回のLogic20/20の事例から私が読み取ったのは、
AIの成果は、「どれだけ正確に予測したか」だけでは測れない
ということです。
AIによって、
- 特定のベテランに依存していた判断を、別の人でもできるようになった
- 判断が早くなった
- 判断理由を説明できるようになった
- 判断のばらつきが減った
- そして、その結果として顧客への影響が減った。
そこまで見る必要があるのではないでしょうか。
AIの価値は、未来を当てることだけではありません。
未来がまだ不確実なうちに、組織としてより良い判断ができるようにすること。
これからAIの活用が当たり前になるほど、この視点が重要になってくると思います。
あなたの会社では、AIのKPIを「精度」だけで見ていませんか?
AIや予測モデルが「何が起きそうか」を示した結果、誰が、何を、どのタイミングで判断できるようになったのか。
YMG Advisoryでは、AIや予測分析などのテクノロジー導入そのものではなく、顧客課題解決までのFLOWの中で、どの判断がボトルネックになっているのか、その判断をどう組織能力へ変えていくかという視点から、フィールドサービス改革を考えています。
参考
Field Service News / Copperberg, The Business Case for Zero-Touch Field Service, September 18, 2026.同記事は、編集方針・構成を人が定めたうえでAI支援を用いて制作し、人によるレビュー・承認を経た記事であることを明記しています。